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2020/01/23 00:28

カメオについて調べる人が真っ先に覚える作者のひとりであり、その特徴的なデザインは一度見れば忘れることはありません。
カルロ氏が活動し始めた当時、すでにジョヴァンニ・ノト氏の活躍によってモダンカメオの時代が到来しており、華やかなプロフィールや絵画のカメオ化などが一般的になりつつありましたが、カルロ氏はその流れに身を任せることなく一度古典的な構図へと立ち返り、そこから独自に再スタートする形で独特の生命観や宗教観などを描いてゆきました。
比較的単純なプロフィールのカメオにおいても、構図は19世紀のアンティークカメオに通じるものがほとんどを占めており、カルロ氏の解説においても古典的なようでいて現代的でもある革新性、市場からの需要を無視し自身の芸術性を追求する反抗性についての記述がみられることがありますが、その構図に表れている傾向はまさに、カルロ氏のそうした取り組みが形になったものと言えましょう。
また、その構図があまりにも印象的で技術的な面について触れられることがほぼ皆無ですが、まったくブレのない線で彫られた作品たちからして、仮に普通のカメオを彫ったとしても極めてレベルの高い作品を作り得る高い技術を持っていることも忘れてはならないところです。
実際にパトリツィア・パルラーティ氏よりカルロ氏の初期の習作として提供された写真には、まさに古典彫刻のミニチュアといった精緻な素晴らしい作品が写っており、またそれらの作品は全て厚みのあるコンクシェルに彫られていましたが、カルロ氏が”若手のカメオ彫刻家はコンクシェルで修業を積むべきだ”という彫刻の基礎の修練の重要さを説く言葉を残したことも伝えられており、決して奇抜な作風のみでその名を挙げたわけではないことが伺えます。
実績的にも多くのカメオ作者にない経歴を持っており、1年のうち一定の期間をニューヨークで過ごし(20世紀初頭、欧州各地はもちろん世界中の芸術家が集った街としてパリのモンマルトルやモンパルナスが有名だが、第二次大戦後はその役割を果たす街はニューヨークに移った。現在もニューヨークは芸術家の街、文化の発信地としての側面を持っている)、各地で個展を開くなど彫刻家・画家としての活動を行い、またそれらの功績が時のローマ法王ヨハネ・パウロ2世に認められたことはよく知られております。
また、その構図があまりにも印象的で技術的な面について触れられることがほぼ皆無ですが、まったくブレのない線で彫られた作品たちからして、仮に普通のカメオを彫ったとしても極めてレベルの高い作品を作り得る高い技術を持っていることも忘れてはならないところです。
実際にパトリツィア・パルラーティ氏よりカルロ氏の初期の習作として提供された写真には、まさに古典彫刻のミニチュアといった精緻な素晴らしい作品が写っており、またそれらの作品は全て厚みのあるコンクシェルに彫られていましたが、カルロ氏が”若手のカメオ彫刻家はコンクシェルで修業を積むべきだ”という彫刻の基礎の修練の重要さを説く言葉を残したことも伝えられており、決して奇抜な作風のみでその名を挙げたわけではないことが伺えます。
実績的にも多くのカメオ作者にない経歴を持っており、1年のうち一定の期間をニューヨークで過ごし(20世紀初頭、欧州各地はもちろん世界中の芸術家が集った街としてパリのモンマルトルやモンパルナスが有名だが、第二次大戦後はその役割を果たす街はニューヨークに移った。現在もニューヨークは芸術家の街、文化の発信地としての側面を持っている)、各地で個展を開くなど彫刻家・画家としての活動を行い、またそれらの功績が時のローマ法王ヨハネ・パウロ2世に認められたことはよく知られております。
現在は娘のパトリツィア氏がその造形を受け継ぎ、ごく一部のカメオ販売者がパトリツィア氏はいずれカルロ氏を超えうると言いながら売り出しているのを見かけるも、そもパトリツィア氏は造形こそカルロ氏を真似れどもその芸術性についてまで受け継いでいるわけではなく独自の制作に打ち込んでおり、やはりカルロ氏の独創的な世界はカルロ氏だけのものであるということを示すように、現在も高い人気を維持しております。
ちなみに当ギャラリーにとっては非常に扱いにくい作者のひとり…私自身カルロ氏の彫刻家としての才覚やその作品に対しては深く感銘を受けておりますが、その彫刻家としての作品の評価を、数多くみられる商用カメオに当てはめることについてはいささか納得できていないのが本音です(それほどに彫刻作品とカメオでは質が違う)。
アートピースや彫刻作品のすばらしさはまさに古今無双、見て言葉を失う程のものなので高価なのもわかるのですが、商用カメオの時価が異様に高いのは作品の質の良し悪しを無視して単純に名前だけでブランド物扱いした結果によるものと言わざるを得ず、とてもではありませんがこのような価値観に迎合する気にはなれません。
仮にブランド物扱いだとしても、コレクター間の取引相場で現在の時価を維持しているならば市場において安定した時価としてそれに則した取引を受けいれざるをえないところではありますが、これもそうでもありません。
一見押しも押されぬ人気を持ち安定した相場を持つように見えるカルロ・パルラーティ作の最も熱心な購入層は実は転売系の業者で、それゆえにとても先行きの不安定な状態にあるのです。
カルロ氏の誰が見てもそれとわかる、そして出来や状態の良し悪しにかかわらず、とりあえずカルロ作であれば高値が付くという条件は専門性に乏しいブランドショップ、質屋、転売屋にとっても大変扱いやすく非常に人気があり、古物市場に出たカルロ作がセールなどの間に売れていったかと思えば(買っていったのは転売目的の者で)少ししたころに他所で出品されるという流れは頻繁にみられる現象で、私が知る範囲だけでも古物市場にある作品の半分は前に別のところで見たことがあるくらいです。
一見押しも押されぬ人気を持ち安定した相場を持つように見えるカルロ・パルラーティ作の最も熱心な購入層は実は転売系の業者で、それゆえにとても先行きの不安定な状態にあるのです。
カルロ氏の誰が見てもそれとわかる、そして出来や状態の良し悪しにかかわらず、とりあえずカルロ作であれば高値が付くという条件は専門性に乏しいブランドショップ、質屋、転売屋にとっても大変扱いやすく非常に人気があり、古物市場に出たカルロ作がセールなどの間に売れていったかと思えば(買っていったのは転売目的の者で)少ししたころに他所で出品されるという流れは頻繁にみられる現象で、私が知る範囲だけでも古物市場にある作品の半分は前に別のところで見たことがあるくらいです。
少し価格が下がってきたらこのようにすかさず業者が買って時価を押し上げ、またオークションでもコレクター対業者で競り合う場面が必ず起こってはしばしば最後まで業者が競っているわけですが、こんな状況にあるのはカルロ・パルラーティ作だけ…つまりカルロ作が特異的に異様に高額なまま時価が落ちないその最大の理由はコレクター間の人気ではなくこの業者たちの存在にあるわけですね。
これは注意すべきことで、あくまで商業目的である彼らは売れない品物となればすぐさま買いの手をゆるめ、こうなれば資金を多く持つ買い手が消えることになるので相場に大きな影響を与えることは確実、そしてそうなったとき大きく時価が下がることは想像に難くありません。※1
これは注意すべきことで、あくまで商業目的である彼らは売れない品物となればすぐさま買いの手をゆるめ、こうなれば資金を多く持つ買い手が消えることになるので相場に大きな影響を与えることは確実、そしてそうなったとき大きく時価が下がることは想像に難くありません。※1
さらに業者ではないカルロ・パルラーティ作の支持者にも、出来の良し悪しよりもむしろ単純に価格の高いものを欲しがる成金趣味的支持者※2、あるいは圧倒的な時価を根拠として同氏作こそカメオ史上至高と信じて疑わない妄信的支持者※3が少なからず含まれているように思えることも不安定要素のひとつです。
こうした支持層の根拠は作品の質ではなく価格にあるため地盤としては脆弱で、時価が下がると容易に支持を失い、支持が減ることでまた時価が下がり、さらに新たな支持の減少を生むといった形で加速度的に支持の基盤が崩れる恐れをはらんでいるのも、市場におけるカルロ作の先行きを怪しくしております。
こうした支持層の根拠は作品の質ではなく価格にあるため地盤としては脆弱で、時価が下がると容易に支持を失い、支持が減ることでまた時価が下がり、さらに新たな支持の減少を生むといった形で加速度的に支持の基盤が崩れる恐れをはらんでいるのも、市場におけるカルロ作の先行きを怪しくしております。
※1.この記事の初版は2020年1月であるが、予測通り、その後目に見えて取引の勢いが落ち始め、約2年経った2022年初頭の時点で時価が3割ほど落ちている状態にある。
2019年までであれば取引があったブランドショップなどの設定価格帯では取引がなくなり、在庫を抱え始めた各業者はすでに積極的な買い付けを停止しているし、低価格からのオークションでは値段が上がらず元本回収ができないためか2021年にはそうした業者のオークション出品もほとんど見られなかった。
もちろんオークションでの取引額も大きく下がっており、2019年や2020年は20万円以上の取引もそれぞれ5件以上あり、特に2019年は出品数も多かったにもかからず総じて高額で取引が行われて30万円台の取引も5件以上、40万台のものすらあったが、2021年は20万円以上の取引記録は2件のみ、30万円以上は0件であった。
※2.誰が見てもわかるというカルロ作の特徴は、モノグラムが一面に印刷された典型的なルイ・ヴィトンの製品と同じような視覚的要素をもっているといえる。
販売者側がカルロ作を祭り上げるように立ち回ったのも、もちろん基礎的に優れている前提はあるが、それ以上に特徴的でわかりやすくブランド物として扱うのに優れていたから、そしてこうした品質の良し悪しはさておきとりあえず高い物を欲しがり、高ければ高いほど喜んでお金を出す、いわば何を買ったかではなくいくら使ったかにアイデンティティを見出す購入者層への売り込みが見込めるという点で、他の作者より有利だったからであろう。
※3.このような判断をする人の知る相場とカメオの知識には1970年代以前のカメオが含まれていないものと思われるが、カメオの歴史はもっと古く、サウリーニやノトの作品をはじめ、それより前のカメオにはぐうの音も出ないほど優れた作品が数多く存在しているのが事実である。
今まではこうしたカメオも日本で見ることはめったになかったため相場観がなかったが、今後こうした作品の存在と価値が知られるにつれて、時価だけでなく品質的にもカルロ作が唯一至高という信仰はその根拠を失っていくことになるだろう。
一般的な認識と相反する意見を述べる以上、その根拠は明確に示すべきなので率直に、そしてその結果として辛口の記述が多くなっておりますが、こうしたいびつな環境にあるのはカメオのスタンダードピースの話であって、アートピースやサンゴ・トルコ石などの彫刻作品などは価値をつけるのも難しいような作品が多くみられますし、スタンダードピースについても少数ながら貝の質(カルロ作のスタンダードピースはほとんどの場合貝の質が悪いが、まれにいいものがある)や構図などの点において優れた出来の良い作品があります。
その他のスタンダードピースも、1980年頃から2010年頃までの作品のなかで比較するならば概ね上質であることには違いありません。
そもそもこのような先行き不安な状況にあるのは彼の作品を取り扱う店舗や購入層に起因する問題なので、カルロ氏やその作品に責任が帰するものではありませんから、何もこれらの事情をもって不当に低く評価する必要はないでしょう。
こうした事情を踏まえてなお正しくカルロ・パルラーティ作の価値を判断して支持し、作品を集められているコレクターの方は(高級ブランド品の価格に価値を感じるのではなく、洗練されたデザインや高い品質、長期的かつ丁寧なアフターサービスといった確かな価値を理解したうえでそれに投資する購入者と同様に)ぜひご自身の価値観に自信をもって大切にしていただきたいと思います。
こうした事情を踏まえてなお正しくカルロ・パルラーティ作の価値を判断して支持し、作品を集められているコレクターの方は(高級ブランド品の価格に価値を感じるのではなく、洗練されたデザインや高い品質、長期的かつ丁寧なアフターサービスといった確かな価値を理解したうえでそれに投資する購入者と同様に)ぜひご自身の価値観に自信をもって大切にしていただきたいと思います。